門浪会とは

 昭和12年頃のことですが、門女の教職員の間で同好者による短歌会が毎月開かれて おりました。
 その会の名前は、沢山持ち寄られた中から私の出した『門浪』が一番よい ということで『門浪短歌会』と決定されました。
万葉集の巻七に『栗島に漕ぎ渡らむと思へども明石の門浪いまだ騒げり』という歌が あります。門浪とはここでは海峡の波ということですが、これは関門海峡の浪にも、モンロー主義のモンローにも通じ、また逆さによめば『みなと』にもなって面白いと 思ったわけです。
 戦後、門司北高の同窓会名が募集されましたとき、私も応じて再び『門浪』を出しましたところ、北高出身の方々の反対があったにも拘らず、門女卒の方々 の大賛成を得て同窓会名になったときいております。
(旧師: 竹尾正子)